11th STEP 本当に信じますか? 【前編】
左:ひまわり 右:二人で
「必ず神さま、治してくれるから」
そういつも長男に言っていました。大丈夫、パパもママもお祈りしてるよ、神さま、治るってみことばもくれたよ、だから。
長男が大きくなるにつれ、麻痺の度合いも強くなっていきました。
はじめはマッサージをすればある程度曲がっていたのに、そのうち、直角にすら戻すことができないほどになりました。成長と共に、ふくらはぎの筋が、強い緊張で伸びず、足の表裏の筋の長さが不釣合いになってしまったためでした。
信仰の訓練は、試練をとおして練り上げられると聖書にあります。
その試練は、私たちにもありました。
保育園に「年少組」として入園した7月頃、長男は「行きたくない」と言って、毎朝泣きました。
車から降りて手をつないで歩き出すと涙が出るのです。お迎えの後も、「どうだった?」と聞いても、園の話はほとんどしませんでした。
このとき、長男は友達から仲間はずれにされていたということです(保育士さんの話)。
「お前はヘンな靴をはいてるから、入れない」と。
麻痺の状態が強くなってきていたので、長男は24時間装具をつけることになっていて、みんながはだしですごす部屋の中でも、室内用の装具をつけてすごしていたのです。
毎朝一緒に祈りました。
「楽しく遊べる友達をください。優しくしてくれますように。ぼくも優しくしてあげられますように。神さま、助けてください」
祈り始めて2週間もしないうちに、長男には友達ができたようで、もう泣かなくなっていました。
長男も祈りの力をリアルに体験して、何か問題が起きれば、「そうだ、ママ、祈ればいいんだよ!」と言うようになりました。そして、その頃から長男はいろいろ祈り、親のほうがビックリするような祈りの答えをたくさん受け始めたのです。
(あるときは3つのまったく別の種類のおもちゃを祈っていたら、別々の人たちから1日にその3つのおもちゃ全部をもらったこともあるのです! 本当にビックリするような祝福でした!)
神さまは優しい方です。
試練は少しずつ「すすむ」のです。
より、私たちが固く信じるために。より強い信仰に立つために。
年中組は、転勤で別の幼稚園に通うことになりました。
年中ともなると、心も成長し、長男は急激に自分の足と他の子の足の違いを知り始めます。
ジャンプができないのは、なぜ。
キックがうまくできない。
早く走れない。
すぐ転んでしまう…。
妹にさえかけっこで負けそうなのはどうして…。
ある雨の日。長靴を履いて、近くのコンビニにおやつを買いに出かけたときのことです。
歩道橋をわたるとき、長靴の中で爪先立ちのまま固まった右足は、階段を一段上るごとにすっぽ抜けました。長男はすっぽ抜けておいてきぼりの長靴を階段に手を着いて拾い上げ、つっぱた足にどうにか履かせ、また次の段ですっぽ抜けて、また拾って…。
とっくにわたりきってしまった長女を追いかけて行ってしまった私に、待ってとも、助けてとも言わず、何も言わずにそれを繰り返す長男を、戻って見つけたとき、そして長男の長靴を私が抜けないようにつかんだまま、傘もさせずふたりで階段を上っているとき、言いようのない気持ちになりました。
…正直なところ、神さまに文句さえ言いたい気持ちだったのです。
そして私にとって忘れられない場面に遭遇するのです。
長男を幼稚園に送り届けた後で、忘れ物を持ってもう一度園に出かけたときでした。園庭の遊具で遊ぶ子ども達のそばで長男が立っていました。
「入れて」という長男。
「…おまえは足がわるいからだめ」
私がショックだったのは、そう言われたことではありません。そんなの経験済みですからすぐに感謝できます。そう言われた長男は、反論も、泣くこともしませんでした。ただ、あきらめたような表情で、でも立ち去ることもできず、じっと友達をみている。…その「あきらめ」が、ショックだったのです。
その日一日、ドキドキする音が聞こえて痛く感じるくらい、ショックは続きました。
4歳の子が、あんなあきらめの表情をするなんて。自分の限界を知ってしまって、しょうがない…そう言っているような。神さま、どうして。私なら試されて当然。でもあの子はまだ4歳なんです…。
その夜、長男とお風呂で話しました…。 (Aへつづく)