説教要旨
へブル人への手紙(1回目)1章1~4節
■<1>神は先祖達に、アブラハムを始め、旧約の聖徒達、また、イザヤ、エレミヤや多くの預言者を通して、また詩篇など様々な方法で旧約を語っていった。■<2>終わりの時とは2つある。1つはペンテコステ以降を終末時代。それと共に、黙示録に書かれている終わりの時の患難時代の2つがある。ここではペンテコステ以降のこと。つまり、イエス・キリストによって神の言葉が語られた。私達はキリストによって語られ、教え導いていただく存在である。さらに、「神は御子を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られました。」ここ大事。つまり、ユダヤ人にとってイエス・キリストが神だと言うと、神様は何処にいったのかとなる。キリストと神様という事に関して混乱があった。ただ、私達は三位一体という言葉を知っている。三位一体とは、父なる神は真の唯一の神、子なる神は真の神唯一の神、聖霊なる神は真の唯一の神。しかし、神はお一人である。三位一体は理解出来ないが、信じる事を通して知っていく。その中で、御子(キリスト)を万物の相続者とし、また御子によって世界を造られた。イエス様はすべてを相続されている。つまり、キリストこそ神の本質であることを現わしている。■<3>御子(キリスト)は、神の栄光の輝き、また神の本質の完全な現れ。だから、キリストは大きな御業の誉れの輝き。そして、神は一つであり御子が神の本質である。だから信じなさいということ。そして、御子はすぐれて高い所の大能者(神様)の右の座に着かれた。これは預言の成就。■<4>コロサイ2:18に 初代教会の時代、御使い礼拝するのが1つあった。どうしてか。旧約時代、御使いは神の代弁者、代理者だった。創世記18:2に御使いがアブラハムにメッセージを届けに来た時、アブラハムが地に伏し神様と同じような扱いをしている。だから、その当時のユダヤ人の方は、御使い信仰と共に御使い礼拝というのがあった。しかし、ここで御使いよりもキリストの方が勝っていると語っている。そして、エペソ1章20節に、キリストは大能の右の座におられ、そして、すべての支配、権威、能力、主権の上におかれたと宣言した。ぜひ知って下さい。神様は1つです。キリストがすべての支配者であり、キリストがすべての救い主である。そして、ピリピ2:6~11にキリスト論を語っている。イエス様は神様と一つであり真の主です。もう一つは、キリストは100%神ですが、100%人間として生まれた。人としてのキリストが私達の罪を負うことが出来る。そして、十字架に架かってよみに下り、そして、神様の手によって三日目によみがえり天に上げられていった。そのキリストが救い主。それを信じる事を通して私達は救われる。そして、すべての人がイエス・キリストが私の救い主と告白し、主を信じ主に従う。そのことを、これから学んでいく。(文責:下地直美)