説教要旨
ローマ人への手紙(24) 8章18~25
■<18>ここは大事なところ。今の時の苦しみとは、現実問題の事、人生で問題が許される。それは普通である。ローマ時代この後に迫害の時代が来る。様々な非難中傷が許されパウロは個人的にユダヤ教から責められ難を受ける。でも、そのパウロが、そんな苦しみ問題は神様にあって取るに足らないものと言っている。取るに足らないものとは何か。テトス2:11~13様々な問題困難にあって、栄光の現れ、イエス様が来られることを私達は受けている。その事に希望を持っていることを知って頂きたい。問題困難ばかり見ていると落ち込む。殉教した26聖人は何を見ていたか。天を見ていた。地上の鎖で縛られた手足や鞭打たれることや寒さや飢え渇きの中歩かされる事ではなく。神が共におられる。天の喜びイエス様が私達を待っていて下さる。来て下さる事を彼らは受けていた。そしてパウロもローマの方々に対して、問題困難、日常の問題ではなく、イエス・キリストの来臨、イエス様が共におられる事に目をとめて下さいと言っている。■<19>被造物とは神様に造られたもの、ここでは私達の事、私達も神様が来られるのを待ち望んでいる。これは大事なこと、イエス様が共におられる。これは霊的なものです。でも、実際的にイエス様が来られる。私達を招いて下さる。天に帰ったらイエス様がおられる。この希望が有る事を知って下さい。■<20~22>滅びの束縛とは何か、呪いである。これが始まったのは創世記3:17~19善悪の知識の実を食べた。これは罪です。その結果呪い、神にある祝福から祝福されない者に変わったと言っている。■<23>からだが贖われる事は希望である。私達が神に救われる事を待ち望んでいる。ローマ5:3~4練られた品性、問題困難の中にあって神が共におられる。神様が約束して下さっている事を受けているなら期待する心を持って頂きたい。前に妻から、あなたの生涯のメッセージは何ですかと聞かれた。中心メッセージは希望である。何で希望なのか。こんな私をも神の器にして働きに立てて下さっている。同時に神に期待する心を通してベニヤミン君の癒しを見た。その希望を見た多くの方々、出西牧師の息子さんは耳が聞こえなかったが聞こえるようになり、谷口牧師の息子さんは小児麻痺で足が真直ぐになって動かなかったが癒された。三本松牧師の息子さんは小児麻痺だった。それが癒され解放され祝福されている。神様に期待する心から奇跡が生まれている。ぜひ神様に期待して下さい。■<24~25>現実は望みではない。望みは神様の約束である。最初に戻りますが、イエス様が来て下さる共におられる。これは言葉です。しかしパウロ達、初代教会の方々は、そして私達はその言葉に期待して言葉を信じて下さい。その期待する心、希望が成っていきます。 (文責:米村美智代)