説教要旨
ローマ人への手紙 (37) 12章9〜16節
この箇所は実践的な教会の歩み、いわば教会の指針となる御言葉である。■<9節>「愛には、偽りがあってはならない。悪を憎み善に親しめ」。ここで一番重要なのは、愛を中心に置いていきなさいということ。旧約は律法「こうしなければならない」という世界だった。しかしイエスの十字架によって新約に入り、罪が赦され、旧約の土台の上に恵みが乗った。その中心が愛である。どんな賜物や働きも、愛がなければ虚しい。価値がない。(第一コリ13:1〜3参照)だから「愛に偽りがあってはならない」。愛を正しく用いる必要がある。■<10節>「兄弟愛をもって互いに愛し合い、尊敬をもって互いに人を自分よりも勝っていると思え」とある。愛するとは何か。相手を認めることから始まる。認めないと欠点ばかり見えてくる。しかし愛は全ての罪を覆い、互いに愛し尊敬する事を通して、相手や自分も変えられていく。■<11節>「勤勉で怠らず、霊に燃え、主に仕えよ」。ここで陥りやすいのは「やらなければならない」と律法的になること。しかし鍵は「主に仕える」ことにある。世代が違っても関係ない。私たちの使命は神を信じ、神に従うこと。ここで自分の証だが、私は団塊の世代の人間で、とにかく勤勉にやるタイプだった。牧師は忙しいから自分が支えようと、資格を取ったり何でもやった。あだ名は「主婦の友」。牧師宅の窓に網を張ったり、送り迎えから礼拝準備まで何でもやった。だが決定的に欠けていたものがあった。「神に従う」ということだ。いろいろ出来ても、そこが抜けていたのである。だから■<12節>が重要になる。「望みを抱いて喜び、患難に耐え、絶えず祈りに励め」。神にある希望を持つと、それを奪いに来るものがある。「本当に癒されるのか」「それで赦されているのか」と来る。しかしそれは神にあって耐えることが出来る。そして鍵は祈り。祈りは神との交わりであり、逆転の鍵だ。実際、教会堂の場所の問題に関して、移転の時もそうだった。祈らなければ現状維持だった。しかし祈りの中で言葉としるしが与えられ、道が開かれた。賛美に召された者の働きも同じ。歌の練習以上に祈り。祈りが必要。祈っているチームに臨在があり、実際に用いられていく。祈りこそ働きの鍵である。■<13節>「聖徒の入用に協力し、旅人をもてなせ」。これは貧しい人に分け与えること。■<14節>「迫害する者を祝福せよ」。問題を起こす人さえ祝福すること。■<15節>「喜ぶ者といっしょに喜び、泣く者といっしょに泣け」。ここに教会の実質がある。愛を中心に一つの体としてつながる。そして■<16節>「互いに一つ心になり、高ぶらず、身分の低い者に順応せよ」。恵みは高いところから低いところに流れる。高ぶっていたら流れない。実際、用いられる人はへりくだっている。感謝を実践していたマーリンさんは、感謝の器だけじゃなく非常に謙遜だった。非難中傷の中でも神に聞き、神の言葉に立っていた。それはへりくだりがなければできない。結論は愛を中心に置くこと。その愛は祈りとへりくだりを通して具体的に現れる。そして互いに仕え合う中で、教会は建て上げられていく。(文責:砂川むつみ)