説教要旨
ローマ人への手紙 (31)10 章 11 節~21節
ここは「救い」に関して述べられているところ。■<11~13>希望の反対は失望。神様はしてくれない。神様はどこにいるんですか? という失望。でも聖書はこう言っています。彼に信頼する者は、失望させられることがない。つまり、鍵はイエス様に期待すること。イエス様を信じること。信頼するとは信じること。周りの状況、周りの事柄、自分の立場、それを見ないでイエス様を見上げてイエス様に飛び込むこと。多くの方は、自分の状況、周りの状況を見て、信頼する事をやめてしまう。サタンは惑わし、状況を見させ、本当に神様そう言ったのか、約束して下さったのかと言ってくる。でもその為に祈って下さい。祈って神様に聞くこと。その時に神様は私達に語ってくれる。神様に対して私達は信頼すると決めること。その時に神様の御心がそこに現わされる。これが信仰。■<14―15>鍵は神様からのメッセージを聞くということ。4つ書かれている。1つ目が、「信じたことのない方を、どうして呼び求めることができるでしょう?」信じなければ、信頼しなければ、神様に助けてと言えない。だから、神様と交わる事がいかに重要か。交わっているから神様と分かる。サタンは惑わしてきますが、でも見分けるには神様と交わっているかどうかが鍵。2番目「 聞いたことのない方をどうして信じることが出来るでしょう。」つまり、「イエス様は私達の救い主。イエス様の十字架は私達の為。イエス様を信頼する者は失望することがない。」と宣べ伝える人が必要。私達一人一人が宣べ伝える者、語る者として招かれている。3番目「宣べ伝える人がなくて、どうして聞くことができるでしょう。」ここはまとめ。つまり、宣べ伝える意識。「イエス様は主です。」と言えるかどうか。これが1つの鍵。4番目に「遣わされなくては、どうして宣べ伝えることができるでしょう。」私達の教会は海外宣教が導かれていますが、遣わされるとは、実際的に行く人、とりなして祈る人、献げる人、この3つが含まれている。「良いことの知らせを伝える人々の足はなんと立派でしょう」これは神様の祝福を受けるという事。■<16>「・・主よ。だれが私達の知らせを信じましたか」パウロは、誰が信じたのか。イスラエル人はどうして信じないのかということ。■<17>「信仰は聞くことから始まり、聞くことは、キリストについてのみ言葉です。」信仰は、聞かなければ始まらない。■<18~19>異邦人が救われることで、イスラエルの方は妬むと御言葉で語っている。■<20>異邦人が神様を信じ求め始めることを語っている。■<21>不従順(不信仰)な者に、いつも手を差し伸べている。今も神様は救いの手を差し伸べている。日本人は十部族だと思うが、神様は私達に手を差し伸べて下さっている。しかし、聞かなければ始まらない。そのことも覚えてください。(文責:下地直美)