祈りってなに?

 神様を信じたとき、私たちは神様の子どもとされます。
 私にはかわいい子供が3人います。他の家の子ももちろんかわいいのですが、
やはり自分の子(家族)は特別なのです。

 神様は十字架を信じ罪を悔い改めた罪人を御自分の子としてくださり、神の家族とされるのです。そして、神の子とされた特別な恵みを私たち一人ひとりの人生に具体的な形で現わしてくれるのです。
 その一つの手段が『祈り』なのです。

 牧師として遣わされる北海道に、私たち夫婦は小さな車で行きました。馬力も弱く古い車でしたが、その後も私たちにとってなくてはならないとても大切な役割を担ってくれていました。しかし北海道の冬は厳しく、集会のために毎月凍りついた峠を越えて行くには限界も感じていました。

 そこで、とにかく神様にお祈りすることにしたのです。(無理だとも思いつつも…。)(車が当たる!という懸賞を見て応募してはずれたこともありましたが…)

「雪道も安全な4WDで、荷物を詰める大きい車で、新車か新車のようにキレイな中古車で、燃費もよく、馬力のある車を与えてください」

 しばらくたったある日、電話が掛かってきました。
「車はいりませんか?」
ビックリしたのは言うまでもありません。
どうしてですかとたずねると、「最初はあなたがたになど思いもしませんでしたが、祈っていたらあなた方に車をというふうに感じたのです」

 与えられた車は、4WDで、ワゴン車で、新車で、燃費がよく、馬力のある車でした。神様は私たちの祈りに具体的に答えてくださったのです。
 神の子とされた祝福を見る一つのかぎは『祈り』にあります。
 祈るときに私たちは具体的な恵みの現われを体験するのです。